2009年もすっかり秋めいてきました。
今回は私の夏の思い出をエッセイにしましたのでご紹介します。 心して読んでね。 ああ、皆既日食 及川健 私は密かに天文ファンだ。学生時代は友人と栃木県南部に位置する渡良瀬遊水池で天文観測ツアーをしたり、サラリーマン時代は先輩に連れられて富士山五合目まで星を観に行ったりしていた。ミードの本格的な屈折望遠鏡など携えて。私は常々「我々の体はあの光輝く星屑で出来ている・・・」と思っている。なかなかのロマンチストである。そして2009年7月22日、まだ始まって9年しか経っていないのに、今世紀最長を記録する天体ショー、皆既日食があった。ひろくニュースにも取り上げられ、皆様ご存知の事と思う。私はこの世紀のイベントにむけて壮大な計画をぶち立てた。 私の友人にヨットを所有している人物がいる。この友人、今回の皆既日食に合わせてヨットを繰り出し、完全日食が観測できる洋上まで行き、観測を行うというのだ。行程としては、深夜、鹿児島を出発して完全日食帯の広がる屋久島を一周し、戻ってくるという、往復30時間を要する壮大な計画だ。ようするに私はこの人物のぶち立てた壮大な計画に便乗するという壮大な計画を立て、実行したのだ。さて、その全記録を紹介する。 21日の夜、この計画に参加するクルーの皆様が続々と友人宅に集結していた。お宅では焼酎などが振る舞われ、明日の皆既日食にむけ、ちょっとした宴状態に。さらに鹿児島らへんで店舗を拡大している超大規模スーパー「AZ」にも繰り出し、大量の水や食料を購入。私もこの日の為にライフジャケットやレインコート等を持ち込み準備は万端。そして深夜23時、ヨットが出港する指宿の山川港へと出発することになった。この日、日食を心待ちにする人々の期待をよそに、鹿児島県南部から奄美大島にかけて低気圧の通過が見込まれていた。車に乗り込む時点で、友人宅のある川辺地区周辺は風雨が強く、出航の判断は現場でするという事になった。 夜の海は不気味である。雨に煙る港の光景は、さらにその不気味さを増していた。山川港に着いた我々の元には依然として天から雨が注がれていた。そんな中、九州男児が揃うクルーの連中はひたすら陽気であった。やいのやいの言いながら荷物を車からヨットのキャビンへと運んでいた。私はその光景を眺めながら、不安とも期待ともつかない心持ちでいた。ひとしきり運び終えたあと、もう暫くこの港で天候の回復を待つことになった。来るべき外海の荒波に備えて持ってきたレインコートを、私はどのメンバーよりも先に着込んで出航を待っていたのだが、詮方なく、その格好のままキャビンで仮眠をとった。外は雨模様だったが、港の波はとても穏やかで、私の眠りを誘った。 出航の号令は突然やってきた。私も勢いキャビンを飛び出し、デッキへと上がった。辺りは依然として闇に包まれていたが、風雨はさきほどより穏やかになったように感じられた。デッキで仲間と談笑しながら様子を伺っていた、私の友人であり船長のT氏は「時間も時間だし、天気も昇降状態だから、とりあえず行くだけ行ってみよう」と、土地の訛の入った言葉で説明した。「とりあえず・・・」私の心の中に一つの言葉が浮かんだ、「雨男・・・」。私の人生は節目節目に雨が降っていた。大事な局面には必ずと言っていいほど雨だった。「とりあえず・・・雨男だから」私は心の中でそう呟いた。私はそんな人生を繰り返してきたため、雨が降ってもあまり何も感じなくなっていた。しかし今回は日食! 雨はもちろん曇っていてもお天道様の観測はできない。私は自分のこの性を呪った。 私の不安をよそに、全クルーとその期待を載せたヨット「HOT-UU」号は山川港を滑るように出発した。海が陸に切れ込むようにしてある山川港内は、天気とは裏腹に波穏やかであった。ほどなく錦江湾へと達する。すると次第に波が高くなり、風も向かい風となってきた。我々の行く手を阻むかのように、真っ正面から吹き付けてきた。エンジンで航行していた「HOT-UU」号の速度は3〜4ノットくらいしか出せなくなっていた。さらに南国特有のスコールのような雨が、しばしばデッキにある頼りないテント状の屋根を洗うようになった。びしょ濡れになりながらT氏は言った「屋久島まで、まだ時間がかかるから、キャビンで寝ておきなさい」。激しい波の揺れに耐えながら、白みかけた薩摩半島上空の黒い雲を眺めていた私は、その指示に従いキャビンへと降りた。しかしそれは、私にとって大きな過ちであった。キャビンの限られた空間は視界を狭くし、先ほどまでの波の揺れがより大きいものに感じられた。さらにエンジン音がキャビンの壁の近くで唸りをあげ、重油独特の臭いも私の胸に迫ってきた。乗り物酔いになりやすく、クーラーの変な臭いでも参ってしまう私には限界だった。すぐさまデッキへと引き返し、ヨットの右舷最後部へと座を進めた。そしてスクリューで泡立つ海面にむけて吐いた。 南国の海を渡る風は、湿気を帯びながらも心地よい。全てを出してしまった私には、頬を洗う雨すら心地よかった。見ると左舷後方に座っていた地元のクルーも吐いていた。仲間の九州男達は焼酎の飲み過ぎだと囃した。彼は顔面蒼白になって、いかにも体調不良になっていた。そして笑ったり臥せったりしていた。もう誰にもこの揺れは止めることができない、せいぜい笑うことくらいしかないのだ。依然我々の行く手には黒い低気圧の雲がたれ込め、狂ったような雨が打ち付ける。それらは次第に強くなっていき、立派な嵐となっていった。この頃にはデッキに出ていた全員、少しおかしなテンションになっていた。 出発から2時間後、船はようやく錦江湾をぬけ、外海へと乗り出した。波はいよいよ高さを増し、クルーの間に漂う空気はいよいよおかしなものへとなっていった。ヨットの最後部に座り、吐き気をもよおすたびに航跡を眺めていた私は、それが全然進まなくなっていることに気がついた。船長含めたクルーたちが声を上げ始めた。「こりゃだめだな」「雨風がひどすぎる」「この速度じゃ屋久島までつかねぇ」「そもそもついても、この雲じゃ太陽は拝めねぇ」もうとっくに明るくなってもよい時間帯なのに、墨を流したかのような雲が辺りを覆い、マストの先すら霞んで見えないくらいであった。私と同じ名前で、仲間からケンちゃんと呼ばれている調子のよい男が私に声をかけた。「なぁ、東京から気合い入れてきた兄ちゃん、どうする? あんたに決めてもらおう」もはや皆の意見は一致していたのだが、形式として私がそれを代弁した。「こりゃ、だめですね。引き返しましょう!」皆笑った。もはや誰が何を言っても可笑しくて、どんな会話も笑いになった。そして船は大きく舵を切り、山川港へと引き返した。みなびしょ濡れで、みな笑っていた。 山川港へは40分でついた。行きに2時間半かけてようやく錦江湾を抜けたヨットは、帰り、追い風を受けながら、わずか40分で戻ってきてしまったのだ。世界遺産屋久島を一周する壮大な船旅のあっけない幕切れであった。そして港に係留し、朝食をとったり、甲板に仰向けになって寝たりしながら、日食になる時間帯まで暇をつぶすことになった。私はこの旅に同行している弟の“俊”とデッキから釣りを楽しんで、時をやり過ごした。「にいちゃん、いと結んで〜。にいちゃ〜ん、えさつけて〜」私より図体のでかいこの弟は、ときどき私に甘える。大量に買い込んでいたパンを餌にネンブツダイなどを釣り上げて楽しんだ。つくづく仲のよい兄弟だ。 天気のほうは相変わらず曇っていたが、海の上に出ていたときよりもましになっていた。嵐ではなく、ちゃんとした曇りの日の朝といったところか。太陽はわずかに顔を覗かせるときもあったが、おおむね雲に隠れていた。もはやその方向すらわからない感じであった。そしてその瞬間がやってきた。「おおっ、欠けてる!」岸壁に寝そべっていたケンちゃんが叫んだ。勢いよく流れる雲の間に一瞬欠けた太陽が覗いたのだ。しかし釣りをしていた私は見逃してしまった。そして、みな真剣に空を眺め始めた。港はわずかに暗くなったように感じられた。ほどなくケンちゃんが声を上げた「日食で辺りが暗くなるのかどうか? 賭けをしようぜ」。そして一口千円の掛け金を、ケンちゃんが徴収し始めた。私を始め多くのクルーは「暗くなる」に賭け、ケンちゃんと私の弟とあともう一人のクルーが「明るいまま」に賭けた。次第にあたりは昼間とは思えないほど暗くなってきた。ここ山川港の日食率は99%。完全日食ではないが、それでも十分暗くなるはずだ。きっと雲の上では素晴らしい日食が起きているに違いない。そんなことを思いながら、私はひたすら空を見上げていた。次第に港は不気味なほどの闇に包まれてきた。そして岸壁の街灯に明かりが灯った。日食というのはこんなにも暗くなるのか〜。私は少し感動した。みなも同じように驚いていた。そして数分のち、周囲が明るくなってきた。日常の明るさへと戻ったのだ。するとケンちゃんが掛け金を勝者で分配し始めた。ケンちゃんの中では「明るいまま」に賭けた人が勝者になっていた。クルーの間に抗議の声があがった。「暗くなったじゃろ」「街頭が点いたろ」しかしケンちゃんは「夜みたいに暗くならなかった」と言って、それらの声を無視した。確かに暗くはなったが夜程ではない。皆ぶつくさ言いながら胴元の意見に従った。きっとこの調子の良い男はこうやって世を生き、皆もこの男の調子に翻弄されながらも楽しんでいるのだろうなぁ。私は苦笑を浮かべながら思っていた。こうして世紀のイベント、私の日食ツアーは終わった。あとで聞いた話では、鹿児島市内では欠けた太陽をちゃんと観測出来たとか。いったいぜんたい、私のこの船旅は何だったのか? まっこつ笑い話ですたい! というわけで次回の日食は3年後とか。またこうした日食狂想曲が繰り広げられるのであろうか? それはお天道様のみぞ知るといったところか。ちゃんちゃん。 ![]() ※ちなみにサングラスでこちらに微笑みかけているカッコいい男は私の弟(独身)である。
by midnight-maker
| 2009-09-09 15:56
| エッセイ
|
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